「一本一瞬を冷静に」パラリンピック男子スノーボード日本代表・大岩根正隆さん
2026年02月28日
来月開幕する「ミラノ・コルティナ2026冬季パラリンピック」のパラスノーボード競技に正保橋町の大岩根正隆さん(45)=ベリサーブ=が日本代表として出場する。

男子スノーボードクロス(上肢障害)で8位入賞した北京大会に続く自身2度目の出場で、最高の滑りを目指す。
東京出身の大岩根さんは「よりよい環境で子どもを育てたい」と、3年前に妻涼子さんの実家がある赤穂に長女の樺乃さん(9)と家族3人で移住。大会出場や冬季練習で遠征する以外は赤穂を拠点にトレーニングに励んできた。御崎の旅館街に向かう坂道を走ったり、唐船海岸の砂浜をダッシュしたり。友人たちの協力で千種川の河口付近でボートで引っ張ってもらい、ウエイクボードで課題の腕力を鍛えるなど、「山あり海ありの自然の中、楽しみながらトレーニングできるのはアスリートにとって最高」と練習環境に満足している。
家業の鉄工所を経営するかたわら、神奈川県警の白バイ隊員に運転技術を教える外部教官だった亡父・正昭さんの影響で3歳からバイクでサーキットを走り、将来はレーサーになることを夢見ていた。免許を取得して2年目の17歳で公道でバイク事故に遭い、利き腕だった右腕のほとんどを失った。
21歳のとき、元気のない様子を見かねたアルバイト先の社長から「たまには仕事を休んで遊んできな」と勧められ、社長の息子兄弟と一緒にスキー場へ。初めてスノーボードを体験した。バイクのトレーニングの一環で小2からやっていたスキーはそこそこ自信があったのに、まったく滑ることができなかった。「絶対うまくなって見返したい」と周囲に内緒で練習を続け、1年後には大会で表彰台に上がるまで上達した。
その後、一般企業に就職して、スキー場でインストラクターをしていた涼子さんと結婚。一旦スノーボードから離れたが、パラアルペンスキー元日本代表・野島弘さんの勧めで2018年に全国障がい者スノーボード選手権大会に出場した。約10年のブランクをものともせず優勝し、ナショナルチームの強化指定選手に抜擢され、パラスノーボーダーとしての道を歩き始めた。
複数の選手が同時にスタートしてカーブやキッカーと呼ぶジャンプ台を滑り降り、着順を競うスノーボードクロス。片手でしかスタートバーを握れない大岩根さんは、義手を使う選手たちからはどうしても出遅れる。そこからターン技術を駆使して巻き返すのが持ち味。幼い頃からのバイク練習で父にたたき込まれた重心移動のテクニックを身体が覚えている。
障害を負い、バイクの夢をあきらめた頃には「人生終わったと思ったし、自ら終わらせようと考えたこともあった」という。今は「障害を持ったことも含めて、これまでの土台の上に今の自分がある」と受け止めている。「そう思えるようになったのは家族や周りのみんなのサポートや応援に助けられ、スノーボードに助けられたから」と感謝している。
4年前の北京大会では1回戦で世界チャンピオンのフランス人選手に勝利したものの、2回戦のキッカーでバランスを崩して転倒し、メダルをかけた戦いには進めなかった。その後はミラノ・コルティナへ向け、重心を安定させるためのフォーム改造、ターンの質と切れの向上に重点を置いて練習に取り組んできた。鍛え上げた大腿部の太さは周囲70センチに達した。今月上旬に長野で実施した合宿では滑りのスピードに十分な手応えが感じられたという。
今大会のスノーボードクロスは日本時間3月7日午後7時から予選、8日午後7時から決勝トーナメントが行われる。イタリアは3年前にワールドカップ初優勝を飾った験の良い場所だ。お世話になった人たちとスノーボードへの心の底から湧き上がる感謝を胸に抱きつつ、「熱くなりすぎないように。一本一本、一瞬一瞬を冷静に最後まで滑り切る」と大岩根さん。その先に望む結果がきっと待っている。
掲載紙面(PDF):
2026年2月28日号(2634号) 1面 (6,292,039byte)
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ミラノ・コルティナパラリンピックでの活躍を誓うパラスノーボード日本代表の大岩根正隆さん
男子スノーボードクロス(上肢障害)で8位入賞した北京大会に続く自身2度目の出場で、最高の滑りを目指す。
東京出身の大岩根さんは「よりよい環境で子どもを育てたい」と、3年前に妻涼子さんの実家がある赤穂に長女の樺乃さん(9)と家族3人で移住。大会出場や冬季練習で遠征する以外は赤穂を拠点にトレーニングに励んできた。御崎の旅館街に向かう坂道を走ったり、唐船海岸の砂浜をダッシュしたり。友人たちの協力で千種川の河口付近でボートで引っ張ってもらい、ウエイクボードで課題の腕力を鍛えるなど、「山あり海ありの自然の中、楽しみながらトレーニングできるのはアスリートにとって最高」と練習環境に満足している。
家業の鉄工所を経営するかたわら、神奈川県警の白バイ隊員に運転技術を教える外部教官だった亡父・正昭さんの影響で3歳からバイクでサーキットを走り、将来はレーサーになることを夢見ていた。免許を取得して2年目の17歳で公道でバイク事故に遭い、利き腕だった右腕のほとんどを失った。
21歳のとき、元気のない様子を見かねたアルバイト先の社長から「たまには仕事を休んで遊んできな」と勧められ、社長の息子兄弟と一緒にスキー場へ。初めてスノーボードを体験した。バイクのトレーニングの一環で小2からやっていたスキーはそこそこ自信があったのに、まったく滑ることができなかった。「絶対うまくなって見返したい」と周囲に内緒で練習を続け、1年後には大会で表彰台に上がるまで上達した。
その後、一般企業に就職して、スキー場でインストラクターをしていた涼子さんと結婚。一旦スノーボードから離れたが、パラアルペンスキー元日本代表・野島弘さんの勧めで2018年に全国障がい者スノーボード選手権大会に出場した。約10年のブランクをものともせず優勝し、ナショナルチームの強化指定選手に抜擢され、パラスノーボーダーとしての道を歩き始めた。
複数の選手が同時にスタートしてカーブやキッカーと呼ぶジャンプ台を滑り降り、着順を競うスノーボードクロス。片手でしかスタートバーを握れない大岩根さんは、義手を使う選手たちからはどうしても出遅れる。そこからターン技術を駆使して巻き返すのが持ち味。幼い頃からのバイク練習で父にたたき込まれた重心移動のテクニックを身体が覚えている。
障害を負い、バイクの夢をあきらめた頃には「人生終わったと思ったし、自ら終わらせようと考えたこともあった」という。今は「障害を持ったことも含めて、これまでの土台の上に今の自分がある」と受け止めている。「そう思えるようになったのは家族や周りのみんなのサポートや応援に助けられ、スノーボードに助けられたから」と感謝している。
4年前の北京大会では1回戦で世界チャンピオンのフランス人選手に勝利したものの、2回戦のキッカーでバランスを崩して転倒し、メダルをかけた戦いには進めなかった。その後はミラノ・コルティナへ向け、重心を安定させるためのフォーム改造、ターンの質と切れの向上に重点を置いて練習に取り組んできた。鍛え上げた大腿部の太さは周囲70センチに達した。今月上旬に長野で実施した合宿では滑りのスピードに十分な手応えが感じられたという。
今大会のスノーボードクロスは日本時間3月7日午後7時から予選、8日午後7時から決勝トーナメントが行われる。イタリアは3年前にワールドカップ初優勝を飾った験の良い場所だ。お世話になった人たちとスノーボードへの心の底から湧き上がる感謝を胸に抱きつつ、「熱くなりすぎないように。一本一本、一瞬一瞬を冷静に最後まで滑り切る」と大岩根さん。その先に望む結果がきっと待っている。

競技中の大岩根さん=本人提供
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