神官子孫宅に「大避大明神」縁起書
2017年04月29日
秦河勝を祭神とする大避神社の由来を記した古文書「大避大明神御縁起書」が、西有年・大避神社の神官の子孫宅に保管されていることが歴史研究グループ「秦氏を学ぶ会」(宮崎素一会長)の調査でわかった。同会は「出所が明確で、郷土資料として貴重」としている。
古文書は縦約36センチ、幅約88センチで、「そもそも大避大明神の由来をくわしく尋ね奉るに」との書き出し。秦河勝について、▽洪水で流れ着いた壺の中から見つかった赤ん坊が成長した▽摂津国難波浦から、うつぼ舟に乗り、播州坂越浦に漂着した▽荒尾明神と奉られた後に大避大明神となった-などと伝承を記している。
所蔵者の杉原弘さん(72)によると、かつて先祖は西有年の大避神社の宮司で、ほぼ同じ文面とみられる断簡とともに受け継がれてきたという。年紀は書かれていないが、おおよその作成年代について同会が専門家に鑑定を依頼したところ、紙質や字体から「江戸後期から末期」とみられる。
大避神社の縁起が書かれた文献は市内に複数あり、最も古いものでは天和2年(1682)の年紀がある「播州赤穂郡坂越浦大避大明神縁起」がある。宮崎会長は「これまでに確認されている縁起書と比較するなど詳しく研究したい」と話している。
古文書は縦約36センチ、幅約88センチで、「そもそも大避大明神の由来をくわしく尋ね奉るに」との書き出し。秦河勝について、▽洪水で流れ着いた壺の中から見つかった赤ん坊が成長した▽摂津国難波浦から、うつぼ舟に乗り、播州坂越浦に漂着した▽荒尾明神と奉られた後に大避大明神となった-などと伝承を記している。
所蔵者の杉原弘さん(72)によると、かつて先祖は西有年の大避神社の宮司で、ほぼ同じ文面とみられる断簡とともに受け継がれてきたという。年紀は書かれていないが、おおよその作成年代について同会が専門家に鑑定を依頼したところ、紙質や字体から「江戸後期から末期」とみられる。
大避神社の縁起が書かれた文献は市内に複数あり、最も古いものでは天和2年(1682)の年紀がある「播州赤穂郡坂越浦大避大明神縁起」がある。宮崎会長は「これまでに確認されている縁起書と比較するなど詳しく研究したい」と話している。
<前の記事 |
ル・ポン国際音楽祭30日開幕 音楽監督の樫本大進さん「新たな風が吹く」 第52回義士祭奉賛学童書道展 募集要項発表 秦氏ゆかり史跡探訪バスツアー 参加募集 川柳赤穂吟社11周年大会 課題を発表 女性たちの絵画展「女・女・女展」22日から [ 文化・歴史 ] 2023年09月17日西国街道・有年峠「地域の歴史名所へ」住民ら整備 芸大院生が故郷で個展「琉球に海あり」 [ 文化・歴史 ] 2023年09月15日
伊能忠敬泊まった「止宿」どこ? 福浦で16日講演会 「古代国家と渡来文化」テーマ 受講者募集 [ 文化・歴史 ] 2023年09月05日「歌って踊ってウキウキ」ミュージカル体験楽しむ [ 文化・歴史 ] 2023年08月28日
高校生ポスターコン 廣田一翔君が奨励賞 [ 文化・歴史 ] 2023年08月13日
県展2023 4部門7人が入賞・入選 [ 文化・歴史 ] 2023年08月09日
第38回赤穂市美術展 絵画、書など作品募集 歴史研究講座『忠臣蔵よもやま』先着90人受付 第39回赤穂民報習字紙上展の入賞者
コメントを書く