2026年08月06日
原爆被害者の体験談を後世に語り継ぐ講演会が2日、中広の赤穂市立図書館であり、広島市の被爆体験伝承者、村上俊文さん(71)が来穂した。
村上さんは10年前に広島市の「被爆体験伝承者養成事業」に応募。中学1年で被爆した兒玉光雄さんから3年がかりで体験を聴き取り、児玉さんの思いを引き継いだ語り部として活動している。
村上さんによると、兒玉さんは爆心地から約0・9キロの広島第一中学校の教室で被爆。原爆がさく裂した瞬間、「黄金の火柱が中庭に落ちたような光」を感じ、意識を失った。崩壊した校舎の中、たまたま机と椅子の隙間に守られ、がれきの下から脱出。逃げ延びた先で再び意識を失って倒れたところを老夫婦に助けられて一命を取り留めた。
その後は大病もせず過ごしたが、60歳で直腸がんを発症。その後も胃、皮膚、甲状腺など別々の部位に次々とがんが見つかった。染色体を調べると、放射線によって切断され、別の染色体と誤って結合した異常がわかった。85歳で新たながんが見つかり、88歳で亡くなった。
兒玉さんは生前、火が迫る中、柱や木材に挟まれた友人を助けることができず校舎を離れざるを得なかったことや、倒れた壁に下半身を挟まれて助けを求めてきた女性の手を振り払ってしまったことを「生涯忘れられない」と語っていたという。
村上さんは「戦争は人を狂わせ、本来持っている優しさや思いやりを失わせる。核兵器を使ってはいけないことはもちろん、戦争もあってはならない。人類と核とは共存し得ない」と兒玉さんの思いを代弁し、「平和の敵は『無関心』。私たちは何ができるのかを考えてほしい」と来場者に語りかけた。

[ 社会 ]
コメント
※コメントは投稿内容を赤穂民報社において確認の上、表示します。投稿ルールを遵守できる方のみご投稿ください。