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戦後七十年・語り継ぐ(2)〜ドラム缶が防空壕

 2015年07月18日 
勤労報国隊の一員として働いていた当時の柴田高子さん=本人提供
◆柴田高子さん(86)=加里屋
 私らの青春いうたら戦争に始まって、戦争に終わったみたいなもん。
 小学3年生で支那事変、高等女学校の1年生のときに太平洋戦争が始まってね。英語習ったんは最初の1学期だけ。2学期からは「敵性語はしゃべったらあかん」言われて。英語の水田先生は仕方ないからお作法や修身を教えてはりました。
 ほんまは5年生まであるのに昭和20年の3月に4年で卒業。卒業式は「仰げば尊し」は歌わずに「海ゆかば」。それで勤労報国隊に入って神戸製鋼の赤穂工場に学徒動員されました。
 工場は千鳥ヶ浜にあってね。戦闘機のプロペラの部品を作ってるいうて聞きました。私は木型を作る部署。私らみたいな素人が作ってほんまに大丈夫なんやろか、思てました。途中から材料がなくなってきてね。酒樽を分解して材料にしてましたよ。お酒のええ匂いがしてね(笑)。
 お昼に会社から毎日お弁当が出るんです。豆ごはん。家では、おかゆか団子汁しか食べてなかったから、そのお弁当がありがたくてね。おかず? 南京の炊いたんが入っとうけど、ふたでグジャーとつぶれとってね。今やったら、よう食べへんようなもんやったけど、そのときは残さずに食べてました。
 海べりに空のドラム缶がようさん並んどってね。警戒警報が「ウー」いうて鳴ったら、徴用工の人らは工場の地下の防空壕に入るんですけど、私ら女学校の生徒は一目散にドラム缶まで走っていって、その中に隠れるんです。隠れるいうても、ふたもない、ただの缶。あんなん爆弾落ちてきたら、ひとたまりもあらしません。
 缶は3メーターくらいの間隔で並んどってね。上見たら、B29が不気味な音立てて飛んどんです。怖うてね。隣の缶に入っとう同級生に「どう? 元気!?」「逃げるとき言うてよ!」とかお互いに声掛けて励まして。
 一番辛かったんは、出征式。同志社の学生さんらも働いとったんやけど、日ごとに一人、また一人、学徒出陣に取られてね。その度に浜でみんなで見送って。あの人ら、どうなったかな思います。
 * * *
 神戸製鋼の社史『神戸製鋼80年』によると、赤穂工場は赤穂町の農地3万坪、隣接の埋め立て18万坪を工場敷地として昭和19年1月に操業を開始した。陸軍航空機用薄肉鋳鋼品の月産30トンを目標としたが、終戦で閉鎖されるまでの生産量は158トンにとどまった。従業員は神戸から配転した鋳造関係の熟練工53人のほか女子挺身隊、徴用工などで終戦時の在籍者は約1500人。勤労学徒(専門学校、高等学校、中学校、国民学校)は延べ1106人が働いた。
 * * *
 赤穂民報では戦後70年の節目に、先の大戦にまつわる写真や資料、手記などを募集して紙面で紹介します。ご提供いただいた写真や資料などは返却します。あなたのご経験を教えてください。よろしくお願いします。Tel43・1886。
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掲載紙面(PDF):
2015年7月18日(2144号) 1面 (11,967,486byte)
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